新しいサービスの説明をしても「便利そうですね」で話が終わり、契約まで進まないことがあります。機能は足りているのに選ばれないときは、こちらが届けたいものと相手が困っていることがずれている場合があります。このずれを紙の上で見つけるための道具が、バリュープロポジションキャンバスです。この記事では、考案者と出典、2つの側に分かれた6つの要素の意味、書く順番、架空のBtoBの記入例、そして書いた内容が顧客に本当に合っているかを確かめる方法を順に説明します。
📄 事業アイデア整理テンプレート(PowerPoint・無料)— リーンキャンバス・ビジネスモデルキャンバスつき。困りごとの書き出しから仮説の確かめ方まで
この記事の結論
- バリュープロポジションキャンバスは、顧客の側(ジョブ・ペイン・ゲイン)と提供する側(製品・サービス、ペインリリーバー、ゲインクリエーター)の6つの要素を並べ、両者が合っているかを確かめる道具です。
- 1枚に書く顧客は1種類に絞り、顧客の側を先に、提供する側をあとに書きます。
- ペインとゲインは重い順に並べ、すべてに答えようとせず上位のものに絞ります。対応する相手がない機能は、外す候補になります。
- 紙の上で線がつながっても、顧客が認めるまでは仮説です。話を聞く、画面の絵を見せる、試しに使ってもらう、の順で確かめます。
- 公式の図を作り変えて配るには、Strategyzer社の許可が要ります。
「いいものなのに選ばれない」は、相手の困りごととのずれから起きる
新規事業の会議では、自分たちの製品の強みから話が始まりがちです。「自動で集計できる」「スマホで使える」といった特長は、作る側にとっては分かりやすい言葉です。けれども、買う側が考えているのは「来月の監査を乗り切れるか」「担当者が辞めても回るか」といった、自分の仕事の話です。
特長の一覧と、相手の仕事の話がつながっていないと、説明は相手に届きません。そこで役に立つのが、相手の側と自分の側を別々に書き出し、線でつないで確かめるやり方です。バリュープロポジションキャンバスは、この作業のための枠組みです。
新規事業の初期に、ターゲットやニーズの仮説を言葉にしていく進め方は、当社の新規事業の壁打ちの記録でも紹介しています。キャンバスは、その壁打ちで出た話を整理するときにも使えます。
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Overview
バリュープロポジションキャンバスとは:考案者と出典
バリュープロポジション(Value Proposition)は「顧客に提供する価値」という意味です。バリュープロポジションキャンバスは、その価値が顧客の求めているものと合っているかを確かめるための図で、Strategyzer社(Strategyzer AG)がビジネスモデルキャンバスとあわせて提供している道具の1つです[2]。
中心になって作ったのは、ビジネスモデルキャンバスでも知られるアレックス・オスターワルダー(Alexander Osterwalder)氏です。同氏は2012年1月のブログで、この道具の試作版を「Customer Value Map v.0.8」として紹介し、ビジネスモデルキャンバスの「顧客セグメント(どの顧客に向けるか)」と「価値提案(何を届けるか)」の2つの欄を詳しく書くための追加の道具だと説明しています[3]。その後、2014年10月に、オスターワルダー氏、イヴ・ピニュール(Yves Pigneur)氏、グレゴリー・ベルナルダ(Gregory Bernarda)氏、アラン・スミス(Alan Smith)氏の共著『Value Proposition Design』が米Wiley社から出版され、この本の中心の道具として紹介されています[1]。
なお、この記事には公式の図を載せていません。Strategyzer社の利用規定では、ビジネスモデルキャンバスはクリエイティブ・コモンズ(決まった条件のもとで自由に使える仕組み)で公開されている一方、バリュープロポジションキャンバスは著作権のもとで扱われ、作り変えたり、ソフトや商品に組み込んだりするには同社の許可が要るとされています[6]。自社の検討や顧客の支援に使うことはできますが、その場合も出典を示すよう求められています[6]。図そのものは、同社の公式ページで確認してください。
Structure
2つの側と6つの要素
キャンバスは、顧客の側(顧客プロフィール)と、提供する側(価値提案の側。公式にはバリューマップと呼びます)の2つに分かれています[2]。顧客の側は市場で観察して書くもので、提供する側は自分たちが選んで設計するもの、という違いがあります[3]。それぞれに3つずつ、合わせて6つの要素があります。
| 側 | 要素 | 意味 | 書くときの問い |
|---|---|---|---|
| 顧客の側 | ジョブ(Jobs) | 顧客が仕事や生活の中で片づけたいこと | この人は何をやり遂げようとしているか |
| ペイン(Pains) | ジョブを進めるときの不満・障害・心配 | やり遂げるまでに、何に困っているか | |
| ゲイン(Gains) | ジョブがうまく片づいたときに得たい結果や喜び | うまくいったら、何が手に入るとうれしいか | |
| 提供する側 | 製品・サービス | 自分たちが提供するものの一覧 | 何を差し出すのか |
| ペインリリーバー | ペインをどう減らすか | どの困りごとを、どう軽くするか | |
| ゲインクリエーター | ゲインをどう生み出すか | どの得たい結果を、どう実現するか |
ジョブ・ペイン・ゲインの問いは、Strategyzer社の顧客プロフィールの説明をもとに、この記事の言葉に置き換えたものです[5]。ジョブには、作業そのものを指す「機能的なジョブ」のほかに、周りからどう見られたいかという「社会的なジョブ」、安心したい・不安を減らしたいといった「感情的なジョブ」もあります。同社のブログでは、機能的なジョブばかり書いてしまうのはよくある失敗で、社会的・感情的なジョブに結びついたペインやゲインのほうが強く感じられることが多い、と述べています[4]。
How to Write
バリュープロポジションキャンバスの書き方:6つの手順
書く順番は「顧客の側が先、提供する側があと」です。先に自社の製品から考えると、顧客の困りごとを製品に都合のよい形で書いてしまうからです[4]。
手順1:顧客を1種類に絞る
1枚のキャンバスには、1種類の顧客だけを書きます。同じ会社の中でも、お金を出す経営者と、毎日使う現場の担当者では、片づけたいことが違い、困りごとも違ってきます。混ぜて書くと、どの困りごとが大事なのかが見えなくなります[4]。顧客が2種類いるなら、キャンバスも2枚作ります。
手順2:ジョブを書き出す
その人が片づけたいことを、動詞で書きます。「検査記録を残す」のような作業のほかに、「上司から管理が甘いと言われたくない」のような社会的なジョブ、「監査の前に眠れなくなるのを避けたい」のような感情的なジョブも探します。「なぜ」を重ねて聞くと、奥にある理由が出てきやすくなります[4]。
手順3:ペインとゲインを書き出し、重い順に並べる
ジョブを進めるときの困りごと(ペイン)と、うまくいったときに得たいこと(ゲイン)を書きます。「時間がかかる」で止めず、「月末に2日かかる」のように、できるだけ具体的な場面や量で書くと、あとで確かめやすくなります。書き終えたら、その人にとって重いものから順に並べます。
手順4:製品・サービスを書く
ここで初めて、自分たちが提供するものを書きます。ソフトの機能のほか、導入の手伝いやサポートも含めます。
手順5:ペインリリーバーとゲインクリエーターを書き、線でつなぐ
提供するものが、どのペインをどう減らし、どのゲインをどう生むのかを書きます。そのうえで、顧客の側の1つずつと、提供する側の1つずつを対応させます。対応する相手がいない項目が、見直す候補です。
手順6:全部に答えようとせず、重いものに絞る
すべてのペインとゲインに答えようとすると、提供するものがぼやけ、開発の手間も増えます。上位の重いものにしっかり答えるほうを選びます[4]。
Example
架空のBtoBの例:部品工場の品質管理担当者向けサービス
ここからは、説明のために作った架空の例です。実在の会社や当社の支援先の話ではありません。
ある会社が、紙で付けている検査記録をタブレットで入力し、自動で集計できるサービスを考えているとします。顧客は「従業員100人ほどの金属部品の工場で、品質管理を1人で担当している人」に絞りました。
| 顧客の側 | 書いた内容 | 提供する側の答え |
|---|---|---|
| ジョブ(機能的) | 毎日の検査結果を記録し、取引先の監査で見せられる形にしておく | 製品・サービス:タブレットの入力画面、記録の自動集計、監査用の帳票の出力 |
| ジョブ(社会的・感情的) | 取引先から「管理がしっかりしている」と思われたい。監査の前に慌てたくない | (ジョブそのものには直接答えず、下のペイン・ゲインで答える) |
| ペイン1(最も重い) | 月末に紙の記録をエクセルへ打ち直すのに、2日ほどかかる | ペインリリーバー:現場で入れた数字がそのまま集計に入り、打ち直しが要らない |
| ペイン2 | 記入漏れや読めない字があっても、気づくのが月末になる | ペインリリーバー:入力の時点で空欄や範囲外の数字に警告を出す |
| ペイン3 | 担当者が休むと、記録の場所や付け方が分からなくなる | (今回は答えない。手順書づくりは別の課題として残す) |
| ゲイン1 | 不良が増え始めたことに、月末より前に気づきたい | ゲインクリエーター:週ごとのグラフで、ばらつきの変化を見られる |
| ゲイン2 | 取引先の監査で「管理がしっかりしている」と思われ、慌てずに臨みたい | ゲインクリエーター:監査で求められやすい項目を帳票にまとめて出せる |
この表を作ると、話がはっきりします。最も重いペイン1には、提供するものがまっすぐ答えています。一方で、検討の途中で出ていた「写真の自動判定」という機能には、対応する顧客の困りごとがありませんでした。作る側にとっては魅力のある機能でも、この顧客にとって重い困りごとに答えていないなら、最初の製品からは外す候補になります。ペイン3のように、あえて答えないものを書いておくのも大事です。答えない理由を残しておくと、あとで「なぜ入れなかったのか」で議論が戻りません。
どの案を先に検討するかを絞る段階では、アイデアスクリーニングの評価軸と組み合わせると、案ごとの比べ方がそろいます。
Fit
フィット(合っているか)の確かめ方
顧客の側と提供する側がかみ合っている状態を「フィット」と呼びます。ただし、紙の上で線がつながっただけでは、まだ思い込みの段階です。Strategyzer社も、フィットは顧客が認めるまでは主張にすぎず、描いた対応を証拠と照らし合わせて直していくよう勧めています[2]。確かめ方は、次の3段階で考えると進めやすくなります。
段階1:顧客の側が本当かを確かめる
書いたジョブ・ペイン・ゲインは、まず仮説として扱います。対象の顧客に話を聞き、「最近、検査記録で困ったのはいつですか」のように、過去にあった具体的な出来事を尋ねます。「こんなサービスがあったら使いますか」と聞くと、相手は気をつかって「使います」と答えやすいので、判断の材料になりにくくなります。
段階2:提供する側が響くかを確かめる
次に、ペインリリーバーとゲインクリエーターを、画面の絵や説明資料で見せて反応を聞きます。「これがあれば月末の2日はどうなりそうですか」のように、相手のペインの言葉で聞くと、本当に軽くなるのかを相手自身に考えてもらえます。
段階3:行動で確かめる
最後は、言葉ではなく行動で確かめます。試しに使ってもらう、事前の申し込みを受ける、といった形です。最小限の製品で使ってもらいながら確かめる進め方は、MVP開発の進め方で詳しく説明しています。ここで反応が弱ければ、キャンバスに戻り、顧客の絞り方やペインの順番から見直します。
Pitfalls
書くときによくあるつまずき
Strategyzer社のブログでは、キャンバスを使うときのよくある失敗が5つ挙げられています[4]。この記事の言葉でまとめると、次のとおりです。
- 2つの側を分けて考えていない:顧客の側は観察して書くもの、提供する側は自分たちで決めるもの、という区別がなくなると、願望が事実のように混ざります。
- 何種類もの顧客を1枚に書く:経営者と現場の担当者を同じ欄に書くと、誰の困りごとなのか分からなくなります。
- 自社の製品を前提に顧客の側を書く:「入力が面倒」のように、自社の機能で解ける形の困りごとだけが並びます。
- 機能的なジョブしか書かない:社会的・感情的なジョブを見落とし、買う決め手になる強い気持ちを取りこぼします。
- すべてのペインとゲインに答えようとする:提供するものが広がり、どれも中途半端になります。
ビジネスモデルキャンバスやリーンキャンバスなど、ほかの枠組みとの使い分けは、新規事業のフレームワークをフェーズ別に選ぶ記事で整理しています。
Template
当社の無料テンプレートとの関係
当社が無料で配っている「事業アイデア整理」のテンプレート(PowerPoint)には、バリュープロポジションキャンバスは入っていません。「バリュープロポジションキャンバスとは」の節で触れたとおり、この図を作り変えて配るにはStrategyzer社の許可が要るためです[6]。
その代わりに、似た考え方で使える当社の「困りごとと提供するものの対応表」を入れています。顧客の困りごと・欲しいこと、今の対処とその不満、提供するもの、どれくらい良くなるか、の4列の表で、困りごとの1つずつに提供するものが答えているかを確かめる作りです。公式のキャンバスとは見た目も項目も別のものですが、この記事の手順2〜5で考えたことを書き込む場所として使えます。
FAQ
バリュープロポジションキャンバスについてよくある質問
ビジネスモデルキャンバスとは何が違いますか?
ビジネスモデルキャンバスは、顧客からお金の流れまで事業の全体を1枚で見る図です。バリュープロポジションキャンバスは、そのうち「顧客セグメント」と「価値提案」の2つの欄を詳しく書くための道具として作られました[3]。全体を見るときは前者、顧客との合い方を深く確かめたいときは後者を使います。事業の骨組みを1枚で見る図には、課題や主要指標の欄を持つリーンキャンバスもあります。9つの欄の書き方とビジネスモデルキャンバスとの違いは、リーンキャンバスの書き方で説明しています。
ジョブ・ペイン・ゲインは、それぞれいくつ書けばよいですか?
決まった数はありません。最初は思いつくだけ書き出し、そのあと顧客にとって重い順に並べて、上位のものに絞って提供する側を考えます。すべてに答えようとしないことが大事です[4]。
キャンバスは社内の会議や顧客の支援に使ってもよいですか?
Strategyzer社の利用規定では、自社の事業の検討や、他社の検討を手伝う目的で使うことは認められており、その際は出典を示すよう求められています。作り変えて配ったり、ソフトに組み込んだりする場合は、同社の許可が要るとされています[6]。具体的な使い方が当てはまるかは、利用規定の原文で確認してください。
書いたキャンバスは、どこまで信じてよいですか?
顧客に確かめるまでは、仮説として扱います。話を聞いて顧客の側を直し、試しに使ってもらって提供する側を直す、という往復を前提にしてください[2]。
Sources
参考にした資料
- Wiley「Value Proposition Design: How to Create Products and Services Customers Want」(Alexander Osterwalder ほか著・2014年10月刊行)
- Strategyzer AG「Value Proposition Canvas」(公式ページ・2026年11月確認)
- Alexander Osterwalder「The Customer Value Map v.0.8 – now called Value Proposition Canvas」Strategyzer(2012年1月)
- Benson Garner「5 Common Mistakes to Avoid When Using the Value Proposition Canvas」Strategyzer(2015年2月)
- Strategyzer AG「The Customer Profile」(公式ページ・2026年11月確認)
- Strategyzer AG「Usage of our tools」(利用規定・2026年11月確認)

バリュープロポジションキャンバスは、顧客の側のジョブ・ペイン・ゲインと、提供する側の製品・サービス・ペインリリーバー・ゲインクリエーターを並べ、両者が合っているかを確かめる道具です。顧客を1種類に絞り、顧客の側から先に書き、重い困りごとに絞って答えるのが基本の書き方です。書いた内容は仮説なので、話を聞き、試しに使ってもらいながら直していきます。当社では、顧客の仮説づくりから検証の進め方、最初の製品づくりまで、新規事業の立ち上げをご相談いただけます。

