新規事業の企画書を作るとき、「PEST分析をしておくように」と言われることがあります。ところが、政治・経済・社会・技術の4つの観点で調べた結果がニュースの見出しを集めた一覧になってしまい、自社が何をすればよいのかにつながらない、ということが起こりがちです。解説記事の例も大手企業や小売の話が多く、町工場のような製造業の中小企業に当てはめにくいところがあります。この記事では、PEST分析の4つの観点の意味、無料で使える官公庁の統計や白書の探し方、集めた情報を「機会」と「脅威」に落とし込む手順を、製造業の中小企業が新規事業を考える例で説明します。
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この記事の結論
- PEST分析は、自社では変えられない外の変化を、政治・経済・社会・技術の4つの観点で整理する方法です。
- 始める前に「何を決めるための分析か」を1文で書きます。問いが決まっていないと、ニュースの見出しを集めた一覧で終わります。
- 製造業の中小企業なら、ものづくり白書、経済構造実態調査、将来推計人口、e-Govのパブリックコメントなど、無料の官公庁の資料で大部分をまかなえます。事実ごとに資料名と公表時期を書き添えます。
- 集めた事実と解釈を分けて書き、機会と脅威に振り分けて影響の大きさで順番をつけます。上位のものは、お客様への聞き取りなどで確かめます。
- 出てきた機会と脅威は、自社の強み・弱みと組み合わせるとSWOT分析の材料になります。
PEST分析は「何を決めるか」を先に書くと役に立つ
PEST分析は、自社の力では変えられない世の中の大きな変化(外部環境)を、4つの観点で整理する方法です。この4つの観点で外部環境を見る考え方は、経営学者のフランシス・J・アギラーが1967年に出した『Scanning the Business Environment』[1]が始まりとして紹介されることが多い方法です。
調べた結果がニュースの一覧で終わってしまう原因は、多くの場合、分析を始める前に「何を決めるための分析か」を決めていないことです。「日本の製造業を取り巻く環境」のように範囲が広すぎると、どんな話題も当てはまってしまい、書くことが無限に増えます。反対に、「自社の加工技術を使って、工場向けの自社製品を出すべきか」のように問いが決まっていれば、関係のない話題を外せます。
もう一つの原因は、情報の出どころがばらばらなことです。ネットの記事で見かけた数字を書き写すと、いつの数字か、だれが調べたのかが分からなくなり、社内の会議で「本当か」と聞かれたときに答えられません。製造業の中小企業にとって幸いなのは、国が無料で公開している統計と白書だけで、PEST分析の大部分がまかなえることです。後半の節で、具体的な資料名と使い方を紹介します。
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Overview
4つの観点の意味と、製造業で見るべきこと
PESTは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字です。それぞれ、製造業の中小企業ならどんな点を見るとよいかを表にまとめました。
| 観点 | 意味 | 製造業の中小企業で見る点の例 | 主な情報源 |
|---|---|---|---|
| 政治(P) | 法律・規制・税制・補助金など、国や自治体のルールの変化 | 取引のルールの改正、製品の安全規制、環境規制、補助金の対象 | e-Govのパブリックコメント、所管省庁の発表 |
| 経済(E) | 景気・物価・為替・金利など、お金の流れの変化 | 原材料や輸入品の値動き、取引先業界の設備投資、出荷額の推移 | 日本銀行の企業物価指数、経済構造実態調査 |
| 社会(S) | 人口・働き方・暮らし方・価値観の変化 | 働き手の減少と高齢化、人手不足、環境への関心 | 将来推計人口、ものづくり白書、中小企業白書 |
| 技術(T) | 新しい技術の登場や普及の変化 | AI・ロボット・センサーの普及、新素材、競合の特許の出方 | ものづくり白書、J-PlatPat(特許の検索) |
4つに分けるのは、見落としを防ぐためです。人は自分の業界に近い話題(技術や取引先の景気)には詳しくても、法律や人口のように遠い話題は見落としがちです。どの欄にも入れにくい話題が出てきたら、無理に分けず「その変化が自社の何に効くか」で近い欄に入れて構いません。
法律の話を独立させた「PESTLE」(Legal=法律、Environment=環境を足したもの)という形もあります。中小企業が初めて使うなら、まずは4つで十分です。
Sources
情報の集め方:無料で使える官公庁の統計と白書
ここでは、製造業の新規事業を考えるときに使いやすい資料を観点ごとに挙げます。どれも無料で見られます。
政治:e-Govのパブリックコメントと、所管省庁の発表
国が政令や省令などを作るときは、原則として案を公示してから30日以上、意見を募集します[8]。e-Govの意見募集の一覧を見れば、これから変わりそうなルールを、決まる前に知ることができます。製品分野や「製造」などの語で探してみてください。
製造業の中小企業に関係が深い例では、いわゆる下請法が改正され、2026年1月1日から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(取適法)として施行されています[9]。受託の仕事が多い会社にとっては、取引条件を見直すきっかけになる変化です。
新規事業に使える補助金は、中小企業庁の「ミラサポplus」や、デジタル庁が運営する電子申請の「jGrants(Jグランツ)」で探せます[11][12]。
経済:企業物価指数と経済構造実態調査
原材料や部品の値動きを見るなら、日本銀行が毎月公表している企業物価指数が使えます。国内の取引の物価に加え、輸入物価指数も公表されています[7]。仕入れ値がどの方向に動いているかを、感覚ではなく数字で確かめられます。
業界ごとの規模や出荷額の推移を見るには、経済構造実態調査が役立ちます。以前の工業統計調査は2022年から、この調査の一部(製造業事業所調査)として行われています[5]。過去の工業統計とつないで見るときは、調査の作りが変わった年に注意してください。これらの統計は、国の統計をまとめたサイト「e-Stat(政府統計の総合窓口)」から、分野や地域を選んで探せます[6]。
社会:将来推計人口と白書
人口の変化は、ほぼ確実に起こる変化として扱える数少ない材料です。国立社会保障・人口問題研究所の推計(2023年公表。生まれる子どもの数と寿命を、いちばん標準的な見込みにした場合)では、15〜64歳の人口は2020年の7,509万人から、2070年には4,535万人に減る見通しです[2]。
製造業に絞った働き手の様子は、経済産業省・厚生労働省・文部科学省が毎年まとめる「ものづくり白書」で確かめられます。2026年版の概要によると、製造業の就業者数は2002年の1,202万人から、2025年には1,033万人になりました。中小企業の製造業で従業員が足りているかを示す数字(「過剰」と答えた割合から「不足」と答えた割合を引いたもの)は、2025年にマイナス17.9でした[3]。中小企業庁の「中小企業白書」も毎年公表されており、2026年版は2026年4月に閣議決定されています[4]。
自社の地域に絞った人口の動きや産業の構成は、国の地方創生の担当部局(地域未来戦略本部事務局)が提供する「RESAS(地域経済分析システム)」で、地図を使って見られます。製造品出荷額を地域ごとに見るメニューもあります[13]。
技術:白書の特集と、特許の検索
2026年版ものづくり白書には、AI・デジタル技術を使った製造業の多角化を扱う節があります[3]。自社の業界でどんな技術が話題になっているかの入り口として使えます。
もう一歩踏み込むなら、特許の検索サービス「J-PlatPat」が無料で使えます。日本と海外の特許・実用新案・意匠・商標の公報を検索できます[10]。考えている製品の分野で、どんな会社がどんな技術を出願しているかを見ると、技術の流れと競合の動きの両方がつかめます。
Process
PEST分析のやり方(5つの手順)
- 何を決めるための分析かを1文で書く:例として「自社の切削加工の技術を使い、工場向けの省人化の道具(治具)を自社製品として売るべきか」のように、事業の候補と決めたいことを書きます。
- 見る期間を決める:新規事業なら、売上が立つまでの3〜5年くらいを目安にします。人口のような長い変化と、物価のような短い変化を同じ表に混ぜると判断がぶれるため、期間を書いておきます。
- 4つの観点で事実を集める:前の節の資料から、問いに関係する事実だけを集めます。1つの事実ごとに、資料名と公表時期を必ず書き添えます。
- 事実と解釈を分けて書く:「働き手が減る」は事実、「だから省人化の道具が売れる」は解釈です。同じ欄に混ぜると、根拠の弱い思い込みが事実のように見えてしまいます。
- 機会と脅威に分け、確かめることを決める:解釈ごとに、自社にとって追い風(機会)か向かい風(脅威)かを決め、影響の大きさで順番をつけます。上位のものは、お客様への聞き取りなどで本当かを確かめる項目にします。
手順5で出た「確かめること」は、事業アイデアの絞り込みにそのまま使えます。アイデアの評価のしかたはアイデアスクリーニングの記事で、自社の強みと外の変化を突き合わせて事業の種を探す方法は新規事業の見つけ方の記事で紹介しています。PESTの表を書き込める形にした資料は、無料テンプレート「事業アイデア整理」にも入っています。
Example
製造業の例:集めた事実を機会と脅威に落とし込む
ここでは、自動車部品の切削加工を受託してきた従業員40人ほどの会社が、「工場向けの省人化の治具を自社製品として売る」ことを考えている、という仮の例で整理します(実在の会社の話ではありません)。
| 観点 | 集めた事実 | 自社にとっての意味(解釈) | 機会か脅威か |
|---|---|---|---|
| 政治 | 2026年1月に取適法が施行[9] | 受託の取引で、価格や支払い条件を見直す話を切り出すきっかけになり得る。受託の利益が安定すれば、新製品にかける時間を確保しやすくなる | 機会 |
| 経済 | 材料や輸入品の値動きは、日本銀行が企業物価指数・輸入物価指数として毎月公表している[7] | 材料費が上がる時期なら製品の利益が減る。価格を決める前に直近の動きを見る | 脅威になり得る(確かめる) |
| 社会 | 製造業の就業者が減り、中小の製造業は人手不足の状態[3] | お客様の工場は省人化の道具を求めやすい。一方で自社も人を集めにくい | 機会と脅威の両方 |
| 技術 | 白書がAI・デジタル技術による製造業の多角化を取り上げている[3] | センサーやカメラと組み合わせた製品を求められる可能性がある。自社に無い技術は外の力を借りる必要がある | 機会(確かめる) |
表の社会の行のように、同じ事実が機会にも脅威にもなることはよくあります。その場合は無理に片方に寄せず、両方を書いたうえで「自社の対策」を1行足しておきます。この例なら「自社の工場で先に使い、人手を減らせたかを測ってから売る」のような対策が考えられます。
ここで出た機会と脅威は、自社の強み・弱みと組み合わせると、SWOT分析(強み・弱み・機会・脅威の4つで整理する方法)の材料になります。この表の機会と脅威をSWOTの外部の欄に移し、強み×機会などの組み合わせから打ち手を出す手順はSWOT分析のやり方の記事で説明しています。
Mistakes
PEST分析でよくある間違い
間違い1:自社の中の話を書いてしまう。「自社に営業担当がいない」は外の環境ではなく、自社の弱みです。PEST分析には、自社が変えられない外の変化だけを書きます。
間違い2:出典と時期を書かない。数字は年ごとに更新されます。資料名と公表時期が無いと、半年後に見直すときに何を調べ直せばよいか分からなくなります。
間違い3:事実を並べて終わる。表を埋めることが目的になると、最後の「だから自社は何をするか」が抜けます。機会と脅威に分ける手順まで進めて、はじめて判断に使えます。
間違い4:一度作って見直さない。法律の改正や物価の動きは、1年たてば変わります。新規事業の検討が続くあいだは、決めた時期ごとに表を更新します。
間違い5:数字の大きさだけで市場があると考える。人口や出荷額が大きくても、自社の製品を買う人がいるとは限りません。売上の見込みは、別の方法で積み上げて確かめます。売上の見込みの立て方は新規事業の売上予測の記事で紹介しています。
FAQ
PEST分析についてよくある質問
PEST分析とSWOT分析は何が違いますか?
PEST分析は、会社の外の大きな変化だけを4つの観点で整理するものです。SWOT分析は、外の機会と脅威に、自社の強みと弱みを組み合わせて整理します。順番としては、PEST分析で外の変化を洗い出し、その結果をSWOT分析の機会と脅威の欄に使う流れが分かりやすいです。
PEST分析のテンプレートはありますか?
表計算ソフトやスライドで、4つの観点を行にし、「集めた事実」「出典と時期」「自社にとっての意味」「機会か脅威か」を列にした表を作れば十分です。この記事の例の表をそのまま形として使うこともできます。
どのくらいの時間をかければよいですか?
問いが決まっていれば、資料を集めて表にするまで数日あれば形になることが多いです。時間をかけすぎるより、早めに機会と脅威まで進め、お客様への聞き取りで確かめるほうに時間を使うのがおすすめです。
1人で進めても大丈夫ですか?
資料集めは1人でもできますが、機会か脅威かを決める段階は、営業や製造の担当者など立場の違う人と一緒に見ると、思い込みに気づきやすくなります。社外の人に見てもらうのも一つの方法です。
References
参考にした資料
- CiNii Research「Scanning the business environment」Francis J. Aguilar 著(Macmillan、1967年)の書誌情報
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)推計結果の概要」(2023年4月公表・第23回社会保障審議会人口部会 資料3)
- 経済産業省・厚生労働省・文部科学省「2026年版 ものづくり白書」概要(2026年5月)
- 中小企業庁「中小企業白書・小規模企業白書」(2026年版は2026年4月閣議決定)
- 総務省統計局「経済構造実態調査 調査の概要」
- e-Stat 政府統計の総合窓口
- 日本銀行「企業物価指数(2020年基準)」
- e-Gov パブリック・コメント「パブリック・コメント(意見公募手続)とは」
- 公正取引委員会「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第四条の明示に関する規則」等の整備について(2025年10月1日)
- 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)「J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)」
- 経済産業省 中小企業庁「ミラサポplus 補助金・助成金 中小企業支援サイト」
- デジタル庁「Jグランツ(補助金の電子申請システム)」
- 内閣官房・内閣府 地方創生「地域経済分析システム(RESAS)」

PEST分析は、政治・経済・社会・技術の4つの観点で、自社では変えられない外の変化を整理する方法です。役に立つ分析にするには、最初に「何を決めるための分析か」を1文で書いておきます。そのうえで、官公庁の統計や白書から出典と時期のはっきりした事実を集め、事実と解釈を分けて機会と脅威に整理します。製造業の中小企業なら、ものづくり白書、経済構造実態調査、将来推計人口、e-Govのパブリックコメントといった無料の資料で大部分をまかなえます。当社では、新規事業の候補の整理から、確かめる項目の決め方、その後の検証の進め方まで、続けてご相談いただけます。

