新しい事業のアイデアはあるけれど、ひとりで考えていると同じところを回ってしまう。誰かに話して、考えを外に出しながら固めたい。そう思って「壁打ち」の相手を探す起業家は少なくありません。ただ、壁打ちは話を聞いてもらうだけでは前に進みません。何を確かめる場なのかを先に決めておくと、1回ごとの話し合いが次の行動につながります。この記事では、新規事業の壁打ちで確かめることを公的な調査や資料をもとに整理し、当社があるスタートアップとアイデアの壁打ちから一緒に進めた記録を紹介します。
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起業した人も、これから起業する人も、最初の悩みは似ている
まず、事業を始めた人がどこでつまずいているのかを、公的な調査で見ておきます。日本政策金融公庫の総合研究所は、毎年「新規開業実態調査」を行っています。2025年度の調査は、公庫の国民生活事業が2024年4月から9月に融資した企業のうち、融資の時点で開業から1年以内だった企業8,517社に調査票を送り、2,165社から回答を得たものです[1]。
この調査で、いまの事業に決めた理由として最も多かった答えは「これまでの仕事の経験や技能を生かせるから」で、43.8%でした(この設問の回答は2,062社)[1]。多くの人は、自分がよく知っている分野で事業を始めています。それでも、開業のときに苦労したこととして「顧客・販路の開拓」を挙げた人は49.9%いました(この設問の回答は2,091社)[1]。仕事の中身はよく知っていても、誰に売るのか、その人が本当にお金を払ってくれるのかは、始めてみないと分からないことが多いということです。
これから起業を考えている人の側も見てみます。同じ総合研究所の「2025年度起業と起業意識に関する調査」は、全国の18歳から69歳までの人にインターネットで聞いた調査です。起業に関心はあるがまだ起業していない人(起業関心層、回答523人)に、その理由を複数回答で聞いたところ、最も多かったのは「自己資金が不足している」の48.4%で、「ビジネスのアイデアが思いつかない」も29.0%ありました[2]。
アイデアが無い人、アイデアはあるが売り先に自信がない人。どちらの場合も、ひとりで抱え込むより、外の人と話しながら「誰の、どんな困りごとを解くのか」を言葉にしていくほうが早く進みます。壁打ちの相手を探す理由は、だいたいここにあります。
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Overview
壁打ちは、決めることを先に並べておくと進む
壁打ちとは、考えている案を相手にぶつけ、返ってきた問いや反論で案を固めていく話し合いのことです。テニスの壁打ちのように、相手は答えを出す人ではなく、球を返す役です。とはいえ、何も決めずに話し始めると、思いついた順に話題が移り、終わったあとに何が決まったのかが残りません。
中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営するJ-Net21では、商品の考え方(商品コンセプト)を「誰に(ターゲット)」「何を(どのようなニーズや欲求を満たすのか)」「どのように(ニーズや便益をどのような方法・技術で満たすのか)」の3つの要素で考えるとわかりやすい、と紹介しています[3]。新規事業の壁打ちも、この3つを順に確かめていくと、話がそれにくくなります。
- 誰に:最初に使ってもらう相手を、ひとことで言えるところまで絞れているか
- 何を:その相手が困っていること(ニーズ)を、思い込みではなく確かめる前の「仮説」として書き出せているか
- どのように:その仮説を確かめるには、何をどこまで作れば足りるのか
壁打ちの相手に求めることは、答えを教えてもらうことではありません。自分ひとりでは出てこない問いを投げてもらい、まだ確かめていない思い込みに気づくことです。そのため、相手がその分野に詳しいかどうかより、「その思い込みは確かめましたか」と遠慮なく聞いてくれるかどうかのほうが大事になります。
Case
ある支援先と一緒に考えた3つのこと
ここからは当社の記録です。当社では、あるスタートアップの支援で、アイデアの壁打ちから一緒に進めました。
壁打ちで一緒に考えたのは、次の3つです。
- ターゲットの選び方
- そのターゲットのニーズの仮説
- それに合わせたプロダクトの作り方
この3つは、上で紹介した「誰に」「何を」「どのように」とほぼ同じ並びです。順番にも意味があります。ターゲットが決まらないとニーズの仮説が立てられず、ニーズの仮説が無いと、何を作れば確かめられるのかが決まりません。逆の順で、作りたいものから考え始めると、作ったあとで「誰が使うのか」を探すことになりがちです。
一般に、新規事業の最初のプロダクトは、機能を全部そろえる必要はありません。お客様に価値を確かめてもらえる最小限の製品(MVP)として、仮説を確かめるのに必要なところから作る、という考え方がよく使われます。
Hypothesis
ニーズの仮説は、聞き取りで確かめる
ここからは一般的な進め方です。壁打ちで立てたニーズの仮説は、そのままでは自分たちの思い込みと区別がつきません。確かめる方法として、中小機構のJ-Net21は、特定の顧客層に絞り、1グループ5名程度で自由に意見を交わしてもらうグループインタビューや、1対1で話を聞いてテーマをさらに掘り下げるパーソナルインタビューを紹介しています[4]。
同じページでは、集めた話をテキストにして読み込み、相手の生活の場面や、買うときの気持ちを読み解いていく流れも紹介されています[4]。新規事業の壁打ちに置き換えると、次のような順になります。
- 壁打ちで、ターゲットと、その人が困っていそうなことを仮説として書き出す
- そのターゲットに近い人に、1対1で話を聞く。こちらの案を先に見せず、いまの困りごとと、いまの対応のしかたから聞く
- 聞いた話を書き起こし、仮説と合っている所、ずれている所に印を付ける
- ずれている所を持って、もう一度壁打ちに戻り、ターゲットや作るものを見直す
聞き取りで仮説がずれていると分かることは、失敗ではありません。作り込む前に分かれば、直すのにかかる時間もお金も小さくて済みます。壁打ちの相手には、この「ずれ」を一緒に読み解いてもらうと、次に何を確かめるかが決まりやすくなります。
作る前にアイデアが求められているかを確かめたい段階から、仮説の整理を一緒に進められます。
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壁打ちで投げる問いのリスト
ここからは一般的な進め方です。壁打ちの前に、次の問いを紙に書いておき、1つずつ答えを埋めていくと、話し合いが終わったときに何が決まったのかが残ります。
- 最初のターゲットは誰か:業種、会社の大きさ、役職など、見つけて会いに行ける程度まで絞れているか。「中小企業の皆さん」のように広いままだと、聞き取りの相手を選べません。
- その人は、いま何に困っているか:困りごとを、自分の言葉ではなく相手が使いそうな言葉で書けるか。困っていると思っているのは自分だけ、ということもあります。
- その困りごとに、いまはどう対応しているか:表計算ソフト、紙、外注など、すでに何かで代わりをしているなら、それと比べて何が良くなるのか。
- お金を払ってでも解決したいか:困っていることと、お金を出すことは別です。予算を持っているのは誰か、も確かめます。
- 何を作れば、上の仮説を確かめられるか:全部の機能ではなく、仮説を確かめるのに要る分だけを書き出します。
- どの順番で広げるか:最初の課題で手応えが出たら、次に何へ広げるかの順番を仮に置いておきます。
J-Net21では、試作品をターゲットや社内の評価者に試してもらい、見つかった改良点をもとに試作品を作り直し、さらにターゲットによるテストを繰り返して完成に近づける流れを紹介しています[5]。壁打ちで立てた仮説も同じで、1回決めて終わりではなく、作って試すたびに問いのリストに戻り、答えを書き直していきます。作り始めてから目的や順番が変わることも、この往復の中では自然に起こります。
Comparison
壁打ちの相手の選び方
壁打ちの相手には、いくつかの選択肢があります。どれが良い悪いではなく、いまの段階で何がほしいのかで選びます。
| 相手 | 向いていること | 気をつけること |
|---|---|---|
| 社内の同僚・共同創業者 | 事業の前提を共有しているので、話が早い | 同じ思い込みを持ちやすく、問いが内向きになりがち |
| 知人の起業家・経営者 | 自分も通ってきた道として、率直な意見がもらえる | 相手の業界の経験に引っぱられることがある。続けて頼みにくい |
| 公的機関や商工会議所の相談窓口 | 制度や手続きの情報が得やすく、気軽に相談できる | 相談の時間や回数が限られることが多く、作るところまでは一緒に進めにくい |
| 見込みのお客様への聞き取り | ニーズの仮説を直接確かめられる | 聞き方次第で答えが変わる。何を確かめるかを先に決めておく |
| スタートアップの支援会社(当社など) | アイデアの検証からプロダクト開発まで、同じ相手と続けて進められる | 外の会社なので、事業の判断を任せきりにはできない。決めるのは起業家自身 |
壁打ちの相手を1人に決める必要はありません。仮説を立てる段階では支援会社や知人と、確かめる段階では見込みのお客様と、というように組み合わせると、思い込みに気づく機会が増えます。
Next
アイデアが複数あるときの絞り込み方
壁打ちを始める時点で、アイデアが1つに決まっていないこともあります。その場合は、壁打ちの前に、いくつかの案を同じ物差しで比べて、深く考える案を選んでおくと進めやすくなります。アイデアの比べ方と絞り込み方は、新規事業のアイデアスクリーニングの記事で詳しく紹介しています。
絞り込みで残った案を壁打ちにかけ、「誰に」「何を」「どのように」を確かめる。作り始めたら、試した結果をもとに目的や順番を見直す。この流れを回していくと、アイデアの段階から、お客様に必要とされ、使われ続ける状態(PMF)を目指すところまで、同じ問いのリストを使い続けられます。
Mistakes
壁打ちでよくある行き違い
相手に答えを出してもらおうとする。壁打ちの相手は、問いを返す役です。「このアイデアはいけますか」と聞いても、確かめていない仮説の上では誰も答えられません。聞くなら「この仮説を確かめるには、誰に何を聞けばいいか」です。
決まったことを残さない。話して気持ちが整理されても、何が決まり、何が未確認かを書き残さないと、次の回で同じ話をくり返します。上の問いのリストの答え欄を、毎回更新するのがおすすめです。
作り始めたら見直さない。一度決めた目的にこだわり続けると、試して分かったことを生かせません。目的を変えることは、失敗ではなく、確かめた結果です。
Sources
参考にした資料
FAQ
新規事業の壁打ちについてよくある質問
壁打ちの前に、何を用意しておけばよいですか?
「誰に」「何を」「どのように」の3つについて、いまの考えを短く書いたものがあれば十分です。完成した計画書は要りません。むしろ、まだ確かめていない思い込みが書かれているほうが、壁打ちで問いを返してもらいやすくなります。
アイデアがまだぼんやりしていても、壁打ちできますか?
できます。ただ、アイデアが複数あるなら、先に同じ物差しで比べて、深く考える案を選んでおくと進みやすくなります。比べ方は本文で紹介したアイデアスクリーニングの記事が参考になります。
作り始めてから方向を変えるのは、遠回りではありませんか?
試して分かったことをもとに目的や順番を見直すのは、遠回りではなく、確かめた結果です。早いうちに見直すほど、作り直す量は小さくて済みます。
壁打ちだけをお願いすることはできますか?
当社のスタートアップ支援では、アイデアの検証だけといった一部のご相談も承っています。いまの段階で一番必要なところから始め、毎月ふり返りながら範囲を決めていきます。

新規事業の壁打ちは、話を聞いてもらう場ではなく、「誰に」「何を」「どのように」を1つずつ確かめる場です。決めることを先に並べておけば、1回ごとの話し合いが次の行動につながります。そして作り始めてからも、試した結果をもとに目的や順番を見直していきます。当社のスタートアップ支援では、アイデアの検証からプロダクト開発まで、毎月ふり返りながら続けて一緒に進めています。考えがまとまりきっていない段階でも、いまの状況から伺います。

