見積を頼み、回答を集め、比べて発注し、納期や請求を追いかける。受発注の仕事は手順が多く、メールや表計算ソフトの間を行き来するうちに時間が過ぎていきます。ここにAIを入れたいと考える会社は多いはずです。ただ、「AIに全部任せる」と「AIは使わない」の間には、細かい線引きがたくさんあります。この記事では、当社の製造業の事業で作っている見積・受発注のシステム「Newji one」の開発の記録をもとに、受発注の仕事をどう分け、どこをAIに任せ、どこを人が決める形にしたかを紹介します。
AIを入れても「少し楽になる」で止まりやすい
AIを業務に入れる会社は増えていますが、その使い方は手間を減らす方向に偏りがちです。IPA(情報処理推進機構)が国内企業1,799社から回答を集めた2025年度のDX動向調査では、AIの導入は大企業を中心に広がり、多くの企業で効果が実感されている一方、期待どおりや期待以上の効果の割合は限られており、AIの使い道や効果は業務の効率化・迅速化が中心だと報告されています[1]。
受発注でも、同じことが起こりえます。たとえば「見積のメールを要約してくれる」だけでは、比べる・決める・追いかけるといった仕事の流れは変わりません。AIをどこに置くかは、まず仕事を分けてみないと決められません。
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Split
受発注の仕事を6つに分けた
当社の製造業の事業では、見積・受発注のシステム「Newji one」を作っています。その中で、受発注の仕事を次の6つに分けました。
- 見積を頼む
- 回答を集める
- 並べて比べる
- どこにいくらで頼むか決める
- 発注する
- 納期・検収・請求を追いかける
分けてみると、それぞれの仕事の性質が違うことが見えてきます。「回答を集める」「並べて比べる」は、届いたものを読み取り、そろえて並べる作業が中心です。「決める」「発注する」は、お金と取引先との関係が動く判断です。「追いかける」は、決めたとおりに進んでいるかを毎日見張る作業です。
なお、見積書や注文書をメールやウェブ上でやりとりする場合、それは税の上で「電子取引」に当たります。国税庁の説明では、注文書・契約書・見積書などに書かれる取引の情報を電子メールの添付ファイルやウェブサイトを通じてやりとりする取引も電子取引に含まれ、その記録は一定の要件のもとで保存しなければならない、とされています[2]。受発注の仕組みを作るときは、AIの置き場所と同時に、やりとりの記録をどこに残すかも決めておく必要があります。
AI Tasks
AIに任せた4つのこと
当社が「Newji one」でAIに任せたのは、次の4つです。
- 届いた見積を読み取って、入力を肩代わりする
- 単価・納期・最小発注数を横に並べる
- 過去の取引と照らして、単価が妥当かを理由つきでコメントする
- いつもと違う価格や納期を毎日見張って知らせる
一般的な対応として、6つの仕事それぞれで、AIが手伝いやすい作業と、人の判断が要る所を並べると次のようになります(当社の割り振りではなく、一般的な例です)。
| 受発注の仕事 | AIが手伝いやすい作業(一般的な例) | 人の判断が要る所(一般的な例) |
|---|---|---|
| 見積を頼む | 依頼文の下書き | だれに何を頼むか |
| 回答を集める | 届いた見積の読み取りと入力 | 読み取った内容が正しいか |
| 並べて比べる | 条件をそろえて横に並べる、過去の取引との照らし合わせ | どれを良しとするか |
| どこにいくらで頼むか決める | 判断の材料をそろえるところまで | どこにいくらで頼むか |
| 発注する | 発注内容の下書き | 発注を確定させること |
| 納期・検収・請求を追いかける | いつもと違う動きの見張りと知らせ | 知らせを受けたあとの対応 |
当社でAIに任せた4つも、この表の「読む」「そろえる」「照らす」「見張る」に当たる作業です。単価の妥当さについても、AIが出すのは理由つきのコメントです。また「Newji one」では、AIが提案する作成・変更・発注は承認待ちの一覧を通ります。
Why These
「読む・そろえる・照らす・見張る」がAIに向いている理由
ここで挙げた4つには、共通する性質があります。一般論として整理しておきます。
一つ目は、量が多く、毎回同じ形の作業であることです。見積の書式は取引先ごとにばらばらでも、そこから拾う項目(品名・数量・単価・納期・最小発注数など)はほぼ決まっています。人が一枚ずつ打ち直す作業は、件数が増えるほど時間を取り、打ち間違いも起こります。
二つ目は、間違えても、人が後から気づける作業であることです。横に並べた表や、理由つきのコメントは、人が読んで「おかしい」と思えば止められます。AIの出したものがそのまま外に出ていくわけではありません。
三つ目は、人が毎日やると抜けやすい作業であることです。いつもと違う価格や納期は、忙しい日ほど見落とします。毎日決まった時刻に同じ物差しで見張る仕事は、人よりも仕組みのほうが安定します。
反対に、「どこにいくらで頼むか決める」「発注する」は、間違えたときに取り消しにくく、取引先との関係やお金が動きます。こうした仕事をAIに単独で任せないのは、ガイドラインの考え方とも合っています。次の節で、その仕組みを紹介します。
Approval
大事な操作は、いったん承認待ちの一覧に入れる
「Newji one」では、データの作成・変更・発注といった大事な操作は、AIが提案しても、いったん承認待ちの一覧に入ります。人が確かめて通してから、実行されます。
この考え方は、国のガイドラインとも重なります。総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」は、AIに単独で判断させるだけでなく、適切なタイミングで人間の判断を介在させる利用を検討し、その際には人間の判断が「自動化バイアス」に左右されないような対策をとるべきだとしています[3]。自動化バイアスとは、人の判断や意思決定で、自動化された仕組みに頼りすぎてしまう現象のことです[3]。
デジタル庁のユーザビリティガイドラインも、AIを使う仕組みに特有の使い方の誤りとして、AIと人の役割分担についての思い違いや、AIの出力の信頼性についての思い違いを挙げ、対策を求めています[4]。
承認待ちの一覧は、ただ「確認ボタンを押す場所」になると、自動化バイアスそのものになってしまいます。一般には、一覧に並べるときに「AIが何を見てそう提案したか」を一緒に表示する、変更の前と後を並べて見せる、といった工夫で、人が中身を見て判断しやすくできます。
自社の業務のどこにAIを置き、どこを人が決めるか。仕事の分け方から一緒に考えられます。
無料で相談するNot Built
あえて作らなかった「逆オークション」
受発注のシステムには、取引先どうしに値下げを競わせる「逆オークション」という機能を持つものがあります。当社は、日本の製造業の取引になじみにくいと考え、「Newji one」ではあえて作りませんでした。
日本の製造業の取引では、発注する側の値決めのしかたに法律の決まりがあります。2026年1月に施行された「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(取適法。下請法を改めたもの)の第5条は、発注する側が、同じような給付に通常払われる対価より著しく低い代金を不当に定めることを禁じています。また、費用の変動などを受けて受託する側が代金の協議を求めたのに協議に応じず、または必要な説明をせずに、一方的に代金を決めることも禁じています[5]。
中小企業庁も、中小企業が費用の上昇分を価格に上乗せ(転嫁)しやすい環境を作るため、2021年9月から毎年9月と3月を「価格交渉促進月間」とし、月間のあとには多くの中小企業に取引先との交渉や転嫁の状況を聞く調査を行っています[6]。値段は話し合って決めるもの、という方向に国の取り組みが向いている中で、競わせて下げる仕組みを入れるかどうかは、慎重に考えたい点です。
システムを作るときは「何を作るか」に目が向きがちですが、「何を作らないか」を決めることも設計の一部です。機能があれば使われ、使われれば取引先との関係にも影響します。
Suppliers
取引先にはログインをお願いしない
「Newji one」では、取引先はログインもアカウント作成もせず、メールのリンクを開くだけで単価と納期を回答できるようにしました。
受発注のシステムは、発注する側だけが使うものではありません。見積の回答を入れるのは取引先です。一般に、取引先ごとに新しいアカウント作成やパスワード管理をお願いすると、それだけで回答が遅れたり、結局メールで返ってきたりします。回答する側の手間をどこまで減らせるかは、システムが実際に使われるかどうかに大きく関わります。
一般に、回答が最初からシステムの中に入ってくれば、読み取りの手間が減り、横に並べる・照らす・見張るといった仕事にそのままつながります。AIに任せる所を決めるとき、データがどこから入ってくるかまで含めて考えておくと、仕組み全体がつながります。
記録の面でも同じことが言えます。一般に、見積の回答がメールの本文や添付ファイルに散らばっていると、あとから「いつ、だれが、いくらで回答したか」を探すのに手間がかかります。回答が一か所に集まる形にしておけば、前の節で触れた電子取引の記録をどう残すかも考えやすくなります。
Checklist
自社の受発注にAIを入れる前に考える5つの問い
- 仕事をいくつに分けたか:頼む・集める・比べる・決める・発注する・追いかける、のように分けて書き出したか。
- AIの仕事は「読む・そろえる・照らす・見張る」に収まっているか:決める・発注するといった判断まで、AIに単独で任せていないか。
- 人が通す場所はどこか:データの作成・変更・発注のような大事な操作に、人が確かめる段取りがあるか。
- 作らない機能を決めたか:取引の習慣や決まりに合わない機能を、あえて外しているか。
- 取引先の手間はどうか:回答する側に、新しい手間をどれだけお願いすることになるか。
この5つに答えられれば、外の会社に開発を頼む場合も、作る範囲の話から始められます。答えられない問いがあれば、そこが社内でまだ決まっていない所です。システムを作る前に、だれが決めるのかを先に話し合っておくと、作り始めてからの手戻りを減らせます。
Sources
参考にした資料
FAQ
AIを使った受発注システムについてよくある質問
受発注のどこからAIを入れるのがよいですか?
まず仕事を分けて書き出すことをおすすめします。そのうえで、届いた見積の読み取りや、条件を横に並べる作業のように、「読む・そろえる」に当たる部分はAIに任せやすい所です。
AIに発注まで自動でさせてもよいですか?
当社の記録では、データの作成・変更・発注といった大事な操作は、AIが提案しても承認待ちの一覧に入り、人が確かめて通してから実行される形にしています。国のAI事業者ガイドラインも、適切なタイミングで人の判断を挟むことを検討するよう求めています。
取引先にもシステムを使ってもらう必要がありますか?
当社の記録では、取引先はログインもアカウント作成もせず、メールのリンクを開くだけで単価と納期を回答できる形にしました。回答する側にどこまで手間をお願いするかは、作る前に決めておきたい点です。
見積書や注文書の記録は、システムに残す必要がありますか?
メールやウェブ上でやりとりした見積書・注文書などは電子取引に当たり、国税庁の説明では一定の要件のもとで保存が必要です。詳しくは国税庁の案内や税理士にご確認ください。
受発注にAIを入れるときは、まず仕事を分け、AIには読む・そろえる・照らす・見張るといった作業を任せ、決めることと大事な操作は人が通す形にすると、線が引きやすくなります。あわせて、取引の習慣に合わない機能を作らないこと、取引先の手間を増やさないことも設計の一部です。当社では、業務の整理から、AIを組み込んだ業務アプリの開発、その後の運用保守と改善まで、続けてご相談いただけます。

